公衆電話
信号を待っていると、緑色の公衆電話に目がとまった。
歩道の脇にガラスの箱があって、その空間の一隅は椅子と電話帳が収納された台、そして電話に小さく占められている。いつ見ても誰も使っていないし、気に留める人もいない。
そのまま眺めていると、電話をかけたことはないけれど、一度そのガラスの箱に入ったことを思い出した。それは始発の電車を待つ、何時かの雨の日のことだった。
片田舎の駅は無人で、近くにコンビニやファストフードのお店はなかった。どこもシャッターで閉まっていた。駅の屋根で雨はしのげても、風は容赦なく吹き抜けていくので寒かった。震えながら、どこかないかと探して見つけたのが電話ボックスだった。
なかに入って、固く小さな椅子に座る。時計をちらちらと気にしながら、文庫本を読んで電車を待った。暖かいわけじゃないけれど、本を読むにはなんとか大丈夫だった。
本を読んでいると、偶然にも公衆電話が出てきた。主人公が電話をかける場面だった。
「あなた、今どこにいるの?」
そう尋ねられた主人公は、返答に困る。まわりを見るのだけれど、どこだかわからなくて、“どこでもない場所のまん中”から彼は相手の名前を呼んでいた。
一度本を閉じて、まわりを見わたす。時計の針はさぼっているかのように進んでいない。仕方なく、“どこでもない場所のまん中”で本を片手にじっと電車を待つことにした。
その、ベルが鳴るかもしれない、と思いながら座る姿を、ガラスのなかの緑を見て思い出した。