テプイ

テレビの電源をいれた。

黒い枠のなかの黒が、明るくなる。様々な色が現れては消える、そんな騒がしい画面に身構えたのだけれど、枠のうちはまったくの白色で、音もない。リモコンを片手に持ちながら、故障だろうかと疑った。

とりあえず、チャンネルを変えてみようと思うと、一面の白色に濃淡があることに気づく。どうやら、その白色には動きがあるようだ。

薄い部分に目をこらして、その先を見ようとすると、波のような大きなうねりが押し寄せて白色が画面の外へと大量に流されはじめた。いったい、カメラマンはどこにいるのだろうか。なぜそんな靄のなかにいるのだろうか、と思う。

靄が流れるにつれて、画面は右端からその色を取り戻していった。

足元の地面であろう灰色、見上げる空であろう青が映る。少しばかり前のめりでその先を見ていると、不意にたくさんの緑が足元であるはずの地面より下に現れて驚く。しばらくして、風が画面を綺麗に洗い流して映したものは、崖の上からのものだった。

ジャングルと言うに充分なほど地平の先まで木々が繁り、その緑のなかにいくつか山があるのが見えた。いや、それは山というほど尖った頂を持ってはいなかった。ちょうど大きな岩の塊を水平に切り取ってテーブルにしたようなものが点在していて、大きな切株のようにも見えた。カメラマンはどうやらそのうちの一つの上にいるようだった。

カメラマンは崖のふちに立ち、その絶壁を映す。足元の下に雲が浮かんでいる。テレビの向こうでは、その先に吸い込まれてしまうというような身の危険ととも浸る恍惚があるのだろうが、こちら側には安全とともに切り取られた景色だけが広がる。ナレーションが状況の説明を加え、その風景は地理的に、歴史的に意味を付与されていった。

「人の社会とは切り離されたものがここにはある」とナレーターが言ったところで、音声をミュートにした。人、がいない世界ならば山の形には意味はなく、そこにあるだけだ。人の声はいらない。

カメラは様々な角度で山を映した。身体を持たない視点は自然を浮遊してたくさんの山の形をとらえた。しばらくの間、山や景色の美しさによって、意味のないただの美しさだけによって、空っぽの頭を充たした。