春の雪

四月の初旬、街中へと買い物に出かけた時のこと。

その日、空模様は曇りが基調だったけれど、時おり日が射して春の陽気を感じるような天気だった。

街行く人達はコートやジャケット姿の人が多かったが、なかには上着を脱いで歩いてる人もちらほらと見かけた。交差点の信号待ちでは、花柄や暖かな色の服で着飾る女性の後ろ姿もあった。アスファルトの地面にコンクリートのビルに囲まれた街でも、確かにそこには季節の流れがあった。

だから、次に出かける時はもう少し薄着でいいなと私が油断していると、不意に強く冷たい風が吹いた。このはっきりしない移ろいやすさが春なのだろうと思いながら、すぐに両手をポケットに避難させて、見えるはずのない風にしかめっ面をした。その時、何かが音もなく舞い降りてくるのを見た。

それはいくつかの白い小さな欠片で、日射しに薄く輝いていた。雪だと思った。一瞬の出来事だったけれど、その欠片を眼で最後まで追うことができた。その間、心地良さを、それもずいぶん長く、充足という言葉がちょうど当てはまるほどに陶酔にも似た快さを感じたのを覚えている。きれいだった。

雪はアスファルトに触れても溶けることはなく、地を這う風に流れていった。おかしいと思った。ふと空を見れば雲はなく青く晴れていて、その欠片は雪ではなかった。にわかに驚きながら地に視線を戻すと、それは桜の花びらだった。

街中に桜などないのに、と思いながら辺りを見渡すと、なるほどたしかに、商業ビルから桜盆の枝が伸びていた。

枝にはすでに新緑が鮮やかに芽吹いていた。風吹くたびに桜は雪を降らせ、季節の流れのなかで姿をかえているようだった。